MASAHIRORIN’s diary

夜麻傘(MASAHIRORIN)の跡地

〜15.御老体センチメンタル2〜


「僕が見たいのは、じいちゃんに取って意味のある事さ。」
 そう言うと、二人は沈黙した。
老人は、少しだけ視線を上に向けて手で顎をさすり、考える素振りをした。
何かを言うだろうと思い、明は老人の言葉をじっと待った。
何となく窓の方に意識を戻すと、廊下を照らす陽光が影を作り、極小さくだが、形が変わっている事に気付いた。そろそろ夕方だろう、と、細長くなった影を見て思った。
この世界に落下していた時、陽は真上にあったと思っていたのだが、意外と時間が経過している事に気付き、そういえば友達と遊ぶ約束してたなと、今になってはどうでも良い事を思い出していた。
そして、明は老人に意識を戻した。老人が口を開いたたの事に気付いて、である。
「儂にとって意味のある事とは、何だろうな・・・?」
 と、明に問いかける。
歳の功がこんな子供に聞くには、お門違いだと二人揃って思っていた。
 老人は明に目線を移し、その口が開くのを待つつもりでいたが、余り待つ必要も無くその口は開かれた。
「そんな顔をしない様な事なのは、間違い無いね。」
 そう言って一拍置き、明はもう一度、口を開いた。
「何が嫌でそんな顔をしてるのかは知らないけど、その皺だらけな顔からハリとツヤが出る顔に変われる事なら、意味があるんじゃないかな。」
 歳には勝てないけどね、と付け加えて、老人に言った。
 老人は、顎に蓄えた豊かな白髭を撫で、再び窓を見た。何かしら考えている様だが、明は特に気にした風も無く、座っている間に凝り固まった間接をポキポキと鳴らしていた。
「・・・坊やに子供がいるとしよう。」
「ん?」
 藪から棒にどうしたのか、と、首からゴキュグリ、と殺人的な音を響かせて、明は思った。
「その子供が悪い事をしたら、君はどうするかね?」
「叱って殴る。」
「ホッ・・・・。」
 明のストレートな、其の上に見事な即答っぷりに老人は驚いた。
流石に単純過ぎたか、と思った明は、勘違いされない内にと、付け足して答えた。
「そりゃ、単純に悪い事って言うなら、親として叱るのが責任だと思うよ。殴る理由は、悪い事をした時の責任を思い知らせる為にやるから、悪い事の度合いによるけどね。」
 だけど、と一呼吸置いて、明は言う。
「事情か理由があってするなら、それは悪い事じゃなくて仕方の無い事だから、真っ先に叱るんじゃなくてまずは受け止めてあげる。其の上で叱らないと、子供が納得出来る叱り方は出来ないんじゃないかな。それで駄目なら、やっぱり体で分からせるけどネ。」
 そう言い終えると、老人は顎鬚を擦り、また何かしら、考え事をしていた。
老人の表情には、最初に見た時よりも憂いの色は薄く、少しずつ朗らかに変わっていった。
もう良いか、と明はベンチから立ち上がり、同時に老人もベンチから立ち上がった。
「ンム。それならば、爺也にもう少し何かやってみるとしようかな。」
「あんまし鵜呑みにするのもどうかと思うけどね・・・。」
 まぁ、逝かない程度に頑張って。と、余り励ましにもならない様な言葉を送り、明は歩き出した。
「ンム、ありがとうな、坊や。」
 老人の感謝の言葉に、明は振り返らずに後ろ手を振った。
明が照れ臭がった事はこの際どうでも良い事である。