MASAHIRORIN’s diary

夜麻傘(MASAHIRORIN)の跡地

「ダレ・・・?」


 音洩れすら起こしそうに無い頑丈な金属扉だが、それにも関わらず、扉の向こう側から声がした。



 明はその声に振り返り、数秒の間、様子を見た。
 そうして舞い降りた沈黙は、それほど間も無く、再び発せられた扉からの声に破られた。
「ダレ?」
 その問いかけの声は、少々高くか細い音域のモノで、好奇心旺盛な明を強く刺激して耳の中で響いた。
「・・・明という・・・子供だよ。」
 そう、自分の事を解り易く簡潔に・・・簡潔すぎる程に考えまとめて、その声の主に答える。普通と違うのは、自分が子供であると予め自己主張しているところだろう。とことん明は普通の子供では無い。
 こちらからの声が聞こえているかは、この金属扉が相手では絶望的にありえないと明は考えたのだが、あちらからの声が聞こえてくると言う事は、割とありえる事なのだろうと考え直した。


 あちらからの反応が無いか少し待ったが、何の反応も返ってこなかった。
 試しに明は、こちらの声が聞こえているか確かめる為に、問い返してみた。
「君はダレだ?」
 特に大きいとも小さいとも言えない声で、扉の向こうに呼びかけた。
 数秒、数十秒、数分・・・。
 辛抱強く明は待ったが、今度は何の反応も無くシンと静まり返っていた。どうやら、考え直した事は間違っていたらしい。此方からの声は聞こえないと認識し直した
 明は呼びかけてきた声に対して強い興味を抱いていた。
 この興味を燻らせたまま、何事も無かったように戻るのは納得出来ないと明は思い、今度は実力行使に出る為に、と、右手で握り拳を作った。
 いざ、と腕を上げようとした矢先に背後から扉の開く音がして、まるで明の行動を咎めるかの様だった。明は握り拳を解いて思い止まり、明は振り返って確認する。
 一人の男が視界に入った。
 遠目から見て、おそらくはルナより背は高い。
 その男の髪は茶色で、所々に金色の刺繍が施された、悪趣味に見えない程度に煌びやかなローブを身に着けていた。
 そういえば、この施設は何かしらの宗教団体か、と明は思い出し、悪趣味では無い程度のローブを見て、彼が割りと高い地位にあると勝手に想像した。単純、に金色で見た目が良いからという安直な理由で、である。
 そんな明の考えを知ってか知らずか、男はこちらの存在に気付き、と同時に、少し強張った表情をこちらに向けた。
 その表情に、明は危機感を感て無表情を濃くしながら、その内心では警戒心を強めて何時でも逃げられる事に意識を向けていた。
 しかし、明が子供である事を認めた男は、その表情をすぐに柔らかい、優しさの篭ったものへと変わり、こちらに足を向けて近づいてきた。
 後二歩という所で男は足を止め、腰を屈めて明に目線を合わせた。
 「こんにちは。」
 と、明に挨拶をした。
 挨拶をするだけならば之ほど近づかなくても良いだろう、と明は思った。
 しかし、明は9歳にして身長もかなり低い方である。春の健康診断でようやく128.3cmであった。
 「こんちわ。」
 と、無表情を残したまま明は返す。
 それは傍から見れば、可愛くない子供そのものである。
 その事を気にしたかしていないか、変わらない男の表情を見て明は感じ取れなかった。だから、この男に対しての第一印象すらまだ固まらない。



 ただ、何かがあるのか・・・
 起こるのか・・・



 根拠の無い御馬鹿な予感だけが、明の頭の中だけで渦巻いていた。