MASAHIRORIN’s diary

夜麻傘(MASAHIRORIN)の跡地

4−変化と言えるのだろうか?

 自分の経験上、寝ること以外で意識を無くす事は初めてだ。
まだ8歳なのに意識を無くす事態を経験していては、それはそれで危険な異常ではあるが。


 それにしても、意識を無くす事というのは何かと不便である。
何かしらの衝撃を受けるか、それ以外の原因で突発的に起こる。しかも予想外に。
そして意識を失っている間は何も感知出来ない。何が起こっているかも分からない。
時間すらも感じる事が出来ず、記憶の中では意識を失う前と取り戻した後が直結してしまい、意識を失っている間の記憶を完全に喪失してしまうのだ。
その初めての経験は、空から降ってきた何か・・・。
現実的にありえないのだが、人かもしれない。
兎に角、物体が頭に直撃して体が倒れ、そのままコンクリートに頭を叩き付けた衝撃で意識を失った。
・・・・・・よくよく考えれば、普通に即死するのでは無いだろうか?
しかし、今は確かに体が起きていて、意識があって、視界もハッキリとしている。
これで死後の世界というならば、生きている時よりも健康的に活動できる世界なのかもしれない。
死んでいる時点で健康とは程遠いが



 唯、一つ問題なのは、ここがどこか、ということだ。



 「これはどういう状況なんだろうね…。」
思わず呟く。
周囲は青なのか黒なのか、微妙な色がゆらゆらと揺れている。遠近感覚が全く掴めず、その色と自分との間の距離がどれだけあるか分からない。それが上下左右、足元にも広がっており、地に足を付けている感覚はあるのに、浮いているように見える。


 神無明は学校の帰り道に在って、コンクリートで固められた道路の上を歩いていて、周りはまばらな住宅とその隙間に点在する畑があって、そこら中に伸びている細道が見える。
そんな風景だったはずなのに・・・。
それが突如この状況になったら、それは驚くというより唖然とせざるを得ないだろう。



 もう一つ問題がある。


 この空間にあまり似つかわしく無い高級ソファーが一つ置いてある事だ。
そして一人、姿勢を崩した状態でソファーに座っている。


「驚いた?」


 紅い唇が悪戯っぽく微笑った。
驚かなければ異常だ、と心底思ったが、明は体からまだ戸惑いを追い出しきれず、言葉を紡げなかった。
そんな様子を見てか、その人の顔に一層深く笑みが浮かんだ。
この人は何かがおかしい。
そう思った明は、視界だけは戸惑いに支配されない事を幸いに、じっくりとその人を観察した。
この空間にいる時点でおかしいハズなのだが、別のところでおかしいと感じる。
それは、あまりにも白いその体。
顔や体の造型を見る限り女性だろう。
体付きは普通、というよりは綺麗な形をしている。
しかしその眉、睫毛、唇は例外として、腰よりも下に伸びている髪、肌、口元に添える手、爪に至るまで真っ白なのだ。
その白さは病的、というには肌にツヤや張りがあって、健康的で美しい。
ただ、やはりその身に纏う色彩は異常を放っていた。
もしかしたら、人ではないのかもしれない、と、明は思った。


「少なくとも人として生きてはいないわね。」


 突然放たれた言葉に、明はすぐに納得出来なかった。
思わず口にしたわけではない。無意識に言ったとしても自分の声は耳に入る。
聴覚が無くなったというならば、彼女の声が聞こえる筈は無い。


 真に異常な事だが、明は勝手で良ければ解釈できる程度に、妙な本や漫画やゲーム等でこれまた妙な知識を持っている。
きっと、人が何を考えているか読めるのだろう。いや、読む等と生易しいものではなく、多分、完璧に分かるのだろう。
明が今解釈した事もおそらく分かっている。証拠に、彼女の口元が一層笑った。
「・・・。」
癪に障る。
彼女が人の脳内を知れる事に、では無い。
おまえは私の手の内、と言わんとしている笑みが、明は堪らなく嫌だった。
そんな彼女に抗いたくなった。
脳内を知る事が出来るというならば、それを逆手に取ってやれば良いのだ。
伊達に日々妄想に耽っているわけではない。
ドットの浮くちんまいなゲームから、明の兄弟がどこからとも無く手に入れて隠している本を盗み読み、等してまで、妄想の材料は様々にあった。
その材料を使って、明は自らのワールドを脳内に築く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
それは、数秒間でありながら完璧な妄想。あまりにも恥ずかしい世界だった。
彼女も明の脳内を覗いたのだろう。表情が微妙な笑みから、こめかみに指を当てて苦渋の顔になっている。
「やってて恥ずかしくないの・・・?」
「無い。」
その自信は一体どこから?とも言える即答っぷりに、彼女は呆れて物も言えないといった嘆息を出した。
「わかったわ、もう心を見るのはやめるから、その恥ずかしい妄想もやめて頂戴・・・。」
どうやら抵抗に成功したようだ。
満足した明は、そういえばこのわからない状況について質問した。
「ここはどこ?私は誰?」
彼なりの軽いと見せかけた精一杯の、半分にマジメを含んだジョーク。
勿論、記憶喪失でも無いので明自身は自分の事をちゃんと分かっている。
「あなた本当に8歳?とても小学生には思えないのだけど。」
今度は別の声が聞こえた。と言っても、聞き覚えがある。
確か意識が無くなる直前、大丈夫と聞いてきた声だ。
振り向くと、確かにそこには、覚えがある青い髪の人が立っていた。
こちらは白い方よりも普通に見えるが、やはり髪の色から尋常では無かった。
「大丈夫じゃないに決まってるだろ。」
今の疑問よりも、大丈夫と聞かれた事の方が印象が強かったらしい。
反射的に答えてしまって全く会話が成り立って無かった。
何の事?という風な顔をして、「あぁ」と思い出したように頭を下げた。
「さっきは御免なさい。あなたに見事な程直撃してしまったわ。そのお陰で私は無傷だったのだけれどね。」
笑いながらそう言っているのだが、明から見れば冗談では無い。
もしかしたら死んでいたかも知れないのだ。
そう、死んでしまうほどの怪我を・・・。
「そういえば・・・。何で僕は無傷なんだ?」
今更ながら思ってしまう。
どこも痛く無い。視界に入っていた紅色は消えているし、頭を触っても血が付かない。
明は頭からハテナマークを連射していた。
「使ってる一人称だけは小学生っぽいのね。」
クスクスと白い彼女が笑って言う。
「どうだっていいだろ。」
ムッとなって言い返した。
彼女達は、明の子供っぽさを見つけて、気のせいか口調が軽くなった気がした。
明との付き合い方を把握したのだろう。
「それじゃ・・・説明しましょうか。ここがどこか、私達は何者か、貴方は何者か・・・」
白い彼女は深く座り直し、真剣味を出した声音で話し出した。
・・・・・・・ん?自分が何者か?